● 趣 旨 ●
歴史は病をつくり、病は歴史を変える。富(経済)と権力(政治)だけが歴史の主役であるわけではない。歴史が人びとの活動の総体であるとするならば、人びとの生と死の問題もまた歴史の重要な要素となるはずである。『方丈記』を書いた鴨長明の表現を借りると、歴史の実在は、天下国家の一大事や宮廷や権力者たちの動向ではなく「数も知らぬ、飢え死ぬるもののたぐいの、生き死に」の問題である。
食物、都市化、ストレスなど生活環境の変化(歴史)は病の様相を変える。かつて日本人の主要な死因は結核、肺疾患、胃腸病であったが現在では、ガン、脳疾患、心臓病に変わっている。逆に病は歴史を変える。たとえば、ヨーロッパにおけるペストの流行は人口の激減をもたらし旧体制を大きく変化させた。
病を癒す方法も、呪術や薬草から、人工製薬、手術、放射線治療などへ変化してきた。病は、その先に「死」の問題と結びついており、どのような癒しを行なうかは、文化の根底の核を成す世界観(死生観、身体観、宇宙観)と密接に結びついている。現代の医療問題も、実は奥深いところで、こうした世界観の変化と連動している。
この講座は、病と癒し、つまり、人はどんな病にかかり、どのように癒し、いのちを守ろうとしてきたのかという観点から歴史をみることを目的としている。 |